大地震

亡くなった方たちにお悔やみを申し上げます。
また被災者の方たちにお見舞いを申し上げます。

実は私は2月末から日本に一時帰国しています。
一昨日の地震が起きた時、私は秋葉原のヨドバシカメラ8Fレストラン街にいました。

ビルの28Fに居た私の兄よりはマシだったようですが、
やはり階が上であるほど揺れが激しく、それがビルの
倒壊を防ぐ策であることは分かっていても、怖かったです。

関東・東北地方の方たちは皆さん同じような怖い思いをされたと思います。

ビルを出た後、私は秋葉原のJR改札口に2時間半立ちつくして、
どうやって家に帰ったらいいのかと途方に暮れていました。

メールが通じるようになって、兄が丸の内から自宅のある荻窪まで
歩き始めたことを知った段階で、私も秋葉原から荻窪に向けて
歩くことを決意しました。

もう本当にたくさんの人が歩いていて、道順も定かでなく、
連れもない私も思ったより心細くなく進んでいくことができました。

途中、店先でトイレの使用を提供しているところもありました。
私もあるホテルのトイレを利用させてもらいました。

そういった他の大勢の人との連帯感と一歩先に歩いていた
兄とのメール通信が私を励ましてくれました。

パニック状態になる人もなく、総じて人々が前向き志向であることに
私は感心しました。

これがヨーロッパだったらどうだろう?

・・・中野区、杉並区という看板が見えてきた時は、
あともう少しだと思って嬉しかったですね。

先に自宅に到達した兄が車で南阿佐ヶ谷の杉並区役所前まで
迎えにきてくれたので、私の行進はそこで終了。

ホッとしました。

約20kmの距離ですからね。
幸いMBTを履いていたので何とか歩けましたが、
最後の方はさすがに肩と腰と足に痛みを感じました。

疲れもあって左右にフラフラしながら歩いていたと思います。

あくる日の昨日は、消耗しきって一日中(病気でもないのに)
病気みたいな気分でした。

今、原発のことが本当に心配で、テレビのニュースを追っています。

チェルノブイリの原発事故が発生した時、
私は南ドイツのミュンヘン近くにいました。
風向きでその辺まで放射能が飛んできたのです。

小さい子供は砂場で遊んではいけない、
とか、レタスなどの外で栽培するものを食べてはいけない、
とか・・・大変な騒ぎだったことを覚えています。

放射能は目に見えないので余計に心配です。

大事に至らないことを心から祈るばかりです。

私が今日本に来ていることを知っているドイツの友人たちからも
お見舞いのメールが来ています。

中には、何かできないか、寄付をするとか・・・と言ってきている人もいます。
本当にすぐそうやって具体的に助ける手を差し伸べようとするのは、
ヨーロッパの人たちの素晴らしいところだと思います。
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by mamapanda_mimi | 2011-03-13 11:50 | 社会 | Trackback | Comments(4)
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Commented by オニオン at 2011-03-13 22:58 x
大変な時に遭遇されたんですね。海外から日本人はこんなひどい時にも立派にやっていると賞賛されていますね。がんばらなければと思います。
Commented by mamapanda_mimi at 2011-03-14 00:49
本当に日本人は忍耐強いと思います。
この苦難を必ず乗り越えられると信じています。
Commented by tuka at 2011-03-16 22:54 x
私は地震直後から消防団に招集され、深夜まで帰宅難民向けの道案内を茅場町でしていました。
実家は屋根瓦が破損して些か被災家屋風情ですが、まあその程度です。甚大なる被害の東北を思えば、然程の痛みもありません。

いよいよ原発事故も際どい展開となってきました。
どうあっても、毅然と粛々と挑む次第です。
Commented by mamapanda_mimi at 2011-03-18 21:55
外国での報道の方がパニックになっているらしく、ドイツの家族のもとにどんどん電話がかかってきています。で、妻が東京にいる、まだいる、ということで夫も無言のプレッシャーを感じ始めているようだったので、予定より3日だけ早く、明日帰独することにしました。このまま日本の家族のもとを後にする私には私なりの葛藤がありました。