「良心的日本人の精神の土壌」

恩師から送られてきた「九条ぶどうの会会報No.21」に載っていた川西薫氏による「国家の理想-矢内原忠雄の東京帝国大学辞職事件」を読みました。

1937年東京帝国大学経済学部教授だった矢内原忠雄は、

「今日は、虚偽の世に於いて、我々のかくも愛したる日本の国の理想、或は理想を失ったる日本の国の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがお解りになったならば、日本の理想を生かす為にこの国を葬ってください。」

という当時の政策を厳しく批判する文章を書いて辞職に追い込まれたのだそうです。

戦後の反戦平和の思想は、矢内原のような良心的日本人の精神の土壌から生まれた、とありました。

ジャーナリストだった亡くなった父のことを思い出しました。

私の父も反戦主義の思想を持ち、戦時中に憲兵に捕まったことがあります。

ああいう時代に時代の流れに逆らう意見を堂々と述べるというのは本当に勇気の要ることだったと思います。

その父ですが、この矢内原忠雄をとても尊敬していました。

これに関してはちょっとしたエピソードがあります。

伝え聞いた話なので、多少不正確な部分もあるかと思いますが・・・

この矢内原忠雄は戦後51年から57年にかけて東大総長を歴任しました。
その頃のことです。

我が家の近所に、ある大学生が住んでいて、父のところにお金を借りにきました。

その時、その学生は、自分が東大の学生だと言ったのですが、父が「それじゃあ総長の名前を言ってみろ」と問いただすと、学生は「やうちばら」と答えたのだそうです。

それで、父は「やうちばら」ではない、「やないはら」だ、と言ってその学生が偽東大生だったことを見破ったという話です。

父にしてみれば、自分が尊敬する人の名前を間違ったその詐欺学生を、とんでもない奴だ、と思ったらしいですが、それでもお金が戻ってくることを期待せずに、多少なりとも恵んでやったそうです。

父はその学生の嘘を見破ったことを自慢に思っていたようで、後になっても私たち子供たちに時々その「武勇談」を語っていました。

ですから、私たちにとっては父のことと結びついた懐かしいエピソードです。

それに、矢内原忠雄を尊敬していた父、精神性の高い人だったとしみじみ思います。
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by mamapanda_mimi | 2008-07-29 05:48 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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