カテゴリ:社会( 144 )

ちょっとしたことでホームドクターE先生の診察を受けに行きました。

いつもいっぱいの診療室がガラガラ。
やはり休暇に出かけている人が多いからだと思われます。
休暇だと医者に行っている暇もない(笑)

E先生は結構切れる感じの人なので、これまで私の方が気後れするようなことがあったのですが、今回は何か違いました。

やはり時間に余裕があったからかな?

いつものテキパキした動作は変わりませんでしたが、私の方の話をいつになくじっくり聞いてくれたように思います。

診察の全行程が、検査などを含めて1時間半にはなりましたね。

結局今回のトラブルに対しては抗生物質を呑むことになりました。

何か話しやすい雰囲気が漂っていたので、他にもいくつか質問してみました・・・

私 「しばらく血液検査をしていないのですが、そろそろやった方がいいでしょうか?」

E先生 「私もそれを言おうと思っていました」

と、すぐにでも採血されそうになったのですが、

私 「あっ、先生、抗生物質を呑むような状態じゃない時の方がいいんじゃ・・・?」

E先生 「ああ、そうですね」

ということでそれは別の時にということになりました。

さらに・・・

私 「ツェッケ(Zecke)の予防接種のことなのですが・・・いつしたらいいでしょうか?」

E先生 「あっ、今しましょう。えっとー、これは抗生物質は関係ないな」

ってことで、これはたちまちブチュッとやられてしまいました。

が、何か今回は常に私の方が仕切っていたような気がしました(笑)。

ところで、このツェッケとは何かというと、病気を媒介する吸血虫なのです。

ヨーロッパ全土で春先から寒くなるまで活動するクモに似た虫。

これに刺されると脳膜炎などの大きな病気になることもあるので怖いです。

草むらにいるので、ペットを飼っている人、森などをよく歩く人は予防接種をやっておいた方がいいそうです。


私も時々森の中をウォーキングしているのでやってもらったというわけです。

ただし、これは全部で3回やらなければなりません。
約3週間後に2回目、それから約9ヶ月後に3回目だそうです。

予防接種の時:

私 「痛いですか?」

E先生 「腕に力をいれずにダラッとすれば痛くないですよ」

E先生の言う通りにしたら、本当に全然痛みを感じなかったです。
終わったのが分からなかったくらい・・・

ただ、あくる日になったら、腕がだる~い感じがしましたが。

あと2回、我慢しなくちゃ002.gif
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恩師から送られてきた「九条ぶどうの会会報No.21」に載っていた川西薫氏による「国家の理想-矢内原忠雄の東京帝国大学辞職事件」を読みました。

1937年東京帝国大学経済学部教授だった矢内原忠雄は、

「今日は、虚偽の世に於いて、我々のかくも愛したる日本の国の理想、或は理想を失ったる日本の国の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがお解りになったならば、日本の理想を生かす為にこの国を葬ってください。」

という当時の政策を厳しく批判する文章を書いて辞職に追い込まれたのだそうです。

戦後の反戦平和の思想は、矢内原のような良心的日本人の精神の土壌から生まれた、とありました。

ジャーナリストだった亡くなった父のことを思い出しました。

私の父も反戦主義の思想を持ち、戦時中に憲兵に捕まったことがあります。

ああいう時代に時代の流れに逆らう意見を堂々と述べるというのは本当に勇気の要ることだったと思います。

その父ですが、この矢内原忠雄をとても尊敬していました。

これに関してはちょっとしたエピソードがあります。

伝え聞いた話なので、多少不正確な部分もあるかと思いますが・・・

この矢内原忠雄は戦後51年から57年にかけて東大総長を歴任しました。
その頃のことです。

我が家の近所に、ある大学生が住んでいて、父のところにお金を借りにきました。

その時、その学生は、自分が東大の学生だと言ったのですが、父が「それじゃあ総長の名前を言ってみろ」と問いただすと、学生は「やうちばら」と答えたのだそうです。

それで、父は「やうちばら」ではない、「やないはら」だ、と言ってその学生が偽東大生だったことを見破ったという話です。

父にしてみれば、自分が尊敬する人の名前を間違ったその詐欺学生を、とんでもない奴だ、と思ったらしいですが、それでもお金が戻ってくることを期待せずに、多少なりとも恵んでやったそうです。

父はその学生の嘘を見破ったことを自慢に思っていたようで、後になっても私たち子供たちに時々その「武勇談」を語っていました。

ですから、私たちにとっては父のことと結びついた懐かしいエピソードです。

それに、矢内原忠雄を尊敬していた父、精神性の高い人だったとしみじみ思います。
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昨日、友人Aさんのサマー・ガーデンパーティに招かれて行ってきました。

Aさんは隣町の山の奥まった所にある住宅街に住んでいます。

庭が直接森につながっている素晴らしい自然環境:
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ゲストによる音楽演奏(アマチュア)などをはさんで和やかに行われるパーティでした。

食事も、Aさん宅で人数(50人)分の飲み物とポテトサラダは用意するので、バーベキュー用の肉やソーセージと食器類・ナイフとフォークは各自持参、それに各自何か小さいサラダを作って持ってきて、という合理的なアレンジ。

テーブル・デコレーションが素敵でした:
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私の属しているリコーダーグループがパーティのはじめに演奏。
曲目は昨年バイエルン地方の男爵邸の庭園で演奏したヘンリー・パーセル作曲「フェアリー・クィーン」 (http://mamapandam.exblog.jp/5592603/ 参照)

この作品、語り手によって妖精の話が語られる本当に素敵な作品です。

演奏と語りが進むうちに、聴いている人たちが「妖精の話」の中に惹かれて入りこんでいくのが表情で分かります。

このところ寒いくらい(10度から17度)のドイツ。
夏らしくない気候でしたが、にわか雨という天気予報にもかかわらず、時折陽まで射し、音楽演奏と食事を野外で十分楽しめました。

やはり自然の中での味わいは格別です。

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前回エントリーのヨーグルトクリームトルテに私が使ったベリー系果実は、Johannisbeer (ヨハネスベア)といって、独和辞書には「スグリ属の実」と出ています。

マイガーデンにも生っていますが、ご近所の庭でとっても綺麗な形で生っているのを見かけたのでカメラでパチリ:
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ふさふさとしていますね。
今の季節が盛りで、味はかなり酸っぱいです。

ドイツの人たちは、放っておいて鳥の餌になっては惜しいとばかり、せっせと収穫してジャムなどの保存食にしたりします。
勤勉な国民性です。

また、赤い色がとても綺麗なので、ケーキの飾りとしても最適(私のケーキ参照)。
種類としては黒い色のものもあります。

果実が生る、というのはいいものですね。

昨年の今頃はマイガーデンにリンゴが一つ生ったことを発見しました。

その私の林檎の木、今年は4,5個は生るだろう、と楽しみにしていたのですが、どうも今年はお休みの年のようです。

リンゴのくせにサバティカル?

冗談はともかく、聞くところによると、リンゴは種類によって隔年に実をつけるものがあるそうで、我が家のリンゴはそういう種類ということのようです。

近くで見かけたリンゴの木には下のようにたくさんの実が生っていてうらやましく思いました:
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とりあえず、我が家の林檎の木には、来年期待することにします。
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