先週姑の80歳の誕生日に焼いたチーズケーキのことですが、おいしかったと自画自賛してしまったままで、写真を撮るのを忘れたので、昨晩また同じものを焼いてみました。今度は写真を撮りアップしました。ご覧ください。
d0116376_253292.jpg

全体像
d0116376_2535014.jpg

断面図(レーズンを入れました)

味の感じまでお伝えできないのが心苦しいですが、もしかしたらきょうこれを食べた友人が冷静なコメントを書いてくれるかもしれません。その時にも話題に上りましたが、アメリカ式チーズケーキはクリームチーズを使った脂肪分が多いもの(これも美味しいですよね)ですが、ドイツでは、日本でフレッシュチーズと言う商品名でフランス系の某メーカーが25年くらい前に販売を始めたQuark(クヴァルク)というものを使って焼きます。
Quark(クヴァルク)は低脂肪(特にこのケーキに使ったものは脂肪成分10%以下)で高たんぱく成分(10%~20%)を含んでいるのでお豆腐と比べられることが多く健康食品の一つです。ということで、このチーズケーキ、あまり良心の咎めを感ずることなく美味を楽しめるケーキです。
[PR]
昨日は姑の80歳の誕生日でした。お祝いの電話や近所の方々の来訪に対応するために夫と二人で一日中助っ人として同じ町内に住む彼女の自宅に詰めておりました。

ドイツでは誕生日のお祝いは子供にとってばかりでなく大人にとっても大事な行事です。これはキリスト教の伝統と関連があると考えられます(そう言えば姑のところには牧師もお祝いに来てくれました!)。特に切りのいい数字の年齢(40,50,60・・・)になる時は普段より大きなお祝いをします。近頃ではこれが暗黙の社会的義務のようになってきて、その規模もエスカレートしがちです。

もちろんそんな義務に縛られたくないと考える人たちもいます。夫と私は本来その類の人間ですが、昨日は姑のためでもあり、また何と言っても80歳です、日本で言えば喜寿と米寿の間、お祝いするのにふさわしい年齢です、全面的に協力しました。

それに、彼女は38年前に夫に先立たれてずっと一人で強く生きてきた人です。80歳のお祝いは私たちがその立派な人生に敬意の念を表す場でもあります。

昨日は自宅で近隣の方々の訪問を受け、そして今度の土曜日にはレストランで親戚や友人たちとお茶と食事の祝宴をする予定です。

d0116376_20391595.jpg

私がブレーツェルにバターを塗り、夫がおつまみを作成し綺麗にデコレーションしました。このほか、私が作ったチーズケーキもおいしかったです、自画自賛になってしまいますが。
d0116376_2225214.jpg

市長がお祝いに。市長は、80歳の次は90歳、その後は毎年誕生日に駆けつけることになっているとか・・・。帰り際に「では、どんなに遅くとも90歳のお誕生日にまた伺います」という言葉を残していった市長でしたが、姑が90歳まで元気でいるだろう、と仮定してくれたのは親切なことだけれど、自分も10年後もまだ市長でいることを前提にしている、というのも楽観的、と後でみんなで大笑い。まあ、小さな町(人口8500人)の市長に向いている、人のいい暢気な政治家です。ちなみに無党派です。
[PR]
唐突ですが(何故ってラバルバは春の野菜というか果物なので)、私の愛読しているブログkeepon_annさんがルバーブ(英語でRhubarb)を初めて食べてとても美味しかったけど、ルバーブって何?と投稿していたのを読んで、ここで私の出番だと思ったわけです。ご紹介しましょう、私が作ったラバルバクーヘン(ルバーブのケーキ)です:
d0116376_3235991.jpg

ラバルバの酸っぱさがケーキの台や上の卵白を泡立てた部分の甘味によく合いとても美味しいケーキです。このケーキには普通600gから1kgくらい使います。ドイツでは季節には安価で手に入ります。
[PR]
バイエルン州のペットメスという小さな村にショルン城というお城があります。その城主フォン・ヘルマン男爵にお招きを受け、私の参加しているリコーダーブループが城庭園でコンサートを行いました。

d0116376_4303493.jpg


演奏曲目ヘンリー・パーセル作曲「フェアリー・クィーン」について

世界の古い伝説には必ずと言っていいほど妖精や妖怪や小人が登場するものです。古いドイツの伝説「ニーベルンゲンの歌」(1200年頃)も小人一族の話です。

これが時と共に修飾され少しずつ形を変えながらフランス、イギリスへと伝わっていきました。イギリスに伝わってからは妖精が登場するようになり、その話を元にやがて1500年頃スペンサーが「フェアリー・クィーン」という作品を書きました。

さらに偉大なる作家シェークスピアがいくつかの類似した伝説を取り入れて「真夏の夜の夢」(1602年)を書きました。妖精の王オベロンと妖精の女王ティタニアの話です。それから約100年後、ヘンリー・パーセルが「フェアリー・クィーン」というセミ・オペラを作曲しました。

18世紀の中頃、ドイツの詩人ヴィーラントによってこのシェークスピアの作品がドイツ語に翻訳され、また同じ頃、惑星天王星が発見されその衛星にもオベロンとティタニアという名前がつけられました。

19世紀はじめ、ゲーテはその作品「ファウスト」の中で、「ヴァルプアギスの夜の夢」のオベロンとティタニアの金婚式を描きました。その後メンデルスゾーンがオペラ「真夏の夜の夢」を、またその約30年後にヴァーグナーが「ニーベルンゲンの指輪」をそれぞれ作曲しました。

それから約100年後、イギリスのトルキーン教授が妖精語を創り、同時に「ザ・ロード・オブ・ザ・リング」を書きました。これが映画化されてアカデミー賞を総なめしたのは記憶に新しいところです。

こうして伝説の由来と行方をたどってみると、ヨーロッパを駆け巡った「時」が感じられます。
ショルン城庭園は伝説の世界を再現するのにまさにふさわしい舞台でした。観客は語り手の案内とリコーダーの音色に酔いながら、タイムトンネルを通り確実に伝説の時代に戻っていたように思います。

これも妖精の仕業でしょうか・・・とても不思議な素敵な体験でした。

d0116376_434989.jpg

城主フォン・ヘルマン男爵。
男爵は出身がバイエルン地方なのに方言を話されないので驚きましたが、「母がベルリン出身で、その母に小さい時から、誰でも分かるドイツ語を話すようにと躾けられました」とおっしゃっていました。また、握手をする時の手を握る力の強いこと!当たり前のことですが、つくづく育ちの良さを感じさせられる方でした。

d0116376_43516100.jpg

いろいろな種類のリコーダーを演奏しました:
ガークライン、ピッコロ、ソプラノ、アルト、テノール、バス、ズップバス

~ヨーロッパの香りを満喫した一日でした~
[PR]
途中マンハイム(Mannheim)でMussfussとランチの後、ICE(ドイツ新幹線)でヒルデスハイムに向かいました。駅には友人夫婦が迎えにきていて、再会を喜び合いました。その晩の夕食は季節の名物野菜ホワイトアスパラガスのヒルデスハイム風:ジャガイモとハムの付け合せ、好みの量のバターソースをかけて食べます。ヘルシーでとてもおいしかったです。
d0116376_20335766.jpg

ドイツは今、夜の9時過ぎまで明るいので、夕食後の時間は庭に立つパビリオンの中に座ってゆっくり。咲き乱れるバラを眺めながら積もる話に興じました。
d0116376_20373813.jpg

ヒルデスハイム(Hildesheim)
815年に建てられた大聖堂は1945年に爆撃を受けかなりの部分が破壊されましたが、元の設計通りに復元されました。その中庭に戦下にも朽ちることのなかったバラが力強く伸び続けています(Hildesheims Tausendjähriger Rosenstock)。
d0116376_20404827.jpg

大聖堂の美しい回廊
d0116376_20454177.jpg

1001年に建てられたロマネスク様式の聖ミヒャエリス教会
d0116376_20483480.jpg

世界一美しいと言われているマルクト広場の木組みの家
d0116376_20501247.jpg


ブレーメン(Bremen)
ブレーメンと言えば、グリム童話のブレーメンの音楽隊、ヴェーザー・ルネッサンス様式の市庁舎とローランド彫像。そのブレーメン(Bremen)を訪ねたのは3回目でしたが、今回は23年来の友人の50歳の誕生パーティに行くのが目的だったので、町を見学する時間が全くありませんでした。

それで、ドイツ情報を期待していらっしゃる方をがっかりさせないために、その誕生パーティの出し物としておおいに雰囲気を盛り上げたアカペラグループ、「VOICE Q」 をここでご紹介しておきます:www.voiceq.de サイトでサウンドサンプルも聞けます! なかなかよかったですよ。ちなみに彼らはブレーメンとは関係なく、ケルン(Köln)出身だそうです。

ボン(Bonn)
ブレーメンからIC(特急列車)に乗って、ドルトムント(Dortmund)やドゥイスブルク(Duisburg)を通ってボンに向かいましたが、途中窓外に見えるルール工業地帯の景色はあまり綺麗とは思えませんでした。やはり南ドイツの美しい景色に慣れすぎてしまっているのでしょうか。

ボンは、ドイツ東西統一まではドイツの首都でした。昔初めてボンを訪ねた時(1975年)は、首都の割りには小さい町だと感じ驚いたものです。東京のイメージで想像していたので。今は政府関係の機関がベルリンに引越して静かになり、なおかつ首都だっただけに文化環境が整っているので、教養文化の町の代表的存在です。カトリックそして保守的。

ミュンスター広場、ベートーベン記念像が立っています。
d0116376_21141154.jpg

ボン大学。Akipandaもここで勉強しました。
d0116376_2115199.jpg

リースリング(ブドウ種)が栽培されているジーベンゲビルゲ(Siebengebirge)の山々がライン川の向こうに見えます。っと、見えますか?
d0116376_21172833.jpg

ライン川河岸のレストランのテラスでニッコリするAkipanda。現在イギリスで張り切っている彼女は、卒業筆記試験を受けるために来独(ボン)しました。すっかりブリティッシュ・イングリッシュが身についたそうで、その代わり高校卒業時にペラペラだったはずのフランス語を話そうとするとウッと出なくなってしまった、と日本語で言っていました。それにしてもいろんな言語ができるというのはうらやましい限りです。そうそう、彼女は必要に応じてヘブライ語も話しています。
d0116376_21184841.jpg

[PR]
昨日から、ヒルデスハイムHildesheim、ブレーメンBremen、ボンBonn の旅行に出ています。またまたいろんな写真を撮ってきますのでお楽しみに!
[PR]