昨日、私の住んでいるバーデン・ヴュルテンベルク州で
州議会選挙がありました。

メルケル首相の連立与党CDU(キリスト教民主同盟)と
FDP(自由民主党)が大敗北し、緑の党が大躍進しました。

で、緑の党がSPD(社会民主党)と連立を組んで
ドイツで初めて州首相の座を得ることになりそうです。

バーデン・ヴュルテンベルク州の首相はこれまで
58年もの間CDUから出ていました。

総じてドイツでは南に行くほどカトリック色が強くなり、
保守的になると言われています。

その南ドイツの保守色が強い州で緑の党から首相が出る
というのは画期的なことです。

こういう結果になったのにはいろいろな背景があるわけですが、
決定打はなんといっても日本の原発事故です。

これまで首相だったCDUのマップス氏は、原発促進論者だったのです。

そこへきて日本の事故です。

ドイツでは本当にヒステリックな報道が続いていて、
人々は毎日のように津波の被害の様子と共に、チェルノブイリ事故や
広島や長崎の原爆投下の写真をメディアを通して見せつけられています。

もちろん原発事故や放射能の怖さを認識するのは重大なことですが、
多くの人が感情に流されているのも確かだと思います。

ということで、原発反対を唱える緑の党が大勝利したのは
予想通りのことでした。

日本で起こったことがこんなに世界の国々の内政の行方まで
左右するなんて・・・と、もしかしたら世界における日本の重要性
みたいなことを感じていらっしゃる方もいるかもしれませんが・・・

どんでもない、残念ながらそういうことではないのです。

今、日本の行方は確かに世界から注目されています。

しかし、これはあくまで「問題児」と思われているだけです。
つまり悪い例で目立っているだけです。

また、産業面など日本と交流のある分野では、
外国でも日本の問題が自分の問題になっているので
注目を集めているわけです。

日本が本当の意味で注目を集めることができるのは、
この絶大な危機を乗り越えた時なのです。

がんばれ、日本!
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あの地震から2週間が過ぎましたね。
皆さん、いかがお過ごしですか?

私はちょうど一週間前にドイツに帰りました。
予定より3日早い帰独でした。

あと3日待てば新しい航空券を買う必要もなかったのですが、
原発事故のことでドイツではヒステリックな報道が続いていたため、
ドイツの家族が私の帰りを待ちきれなくなったというのが
早く帰った理由です。

ドイツに帰っても日本の家族はそのままなので、
私の憂慮は続いています。

こちらに帰ってきて、まず、私が日本滞在中に心配して電話やメールで
連絡してきてくれた友人たちに「無事帰独」の回覧メールを書きました。

文中には、もちろん私が利用した航空会社が被爆テストを行った事を
書くのも忘れませんでした。

なぜって、こちらでは、すでに日本列島全体が放射能で汚染されている、
と思っている人が多いからです。

被災者の方たちのことを考えれば私のストレスなど小さなことですが、
早めのドイツ帰国を決意し実行するにあたっては、いろいろな思いが
交錯し、迷いがあったので、本当に長い道のりだったというのが
実感です。

地震が起きてからドイツに帰るまでの約1週間、ものすごく長く感じました。

さて、さっそく今週は、私が数ヶ月前からプランニングし、コーディネート
してきた日本からの研修グループが「予定通り!」
こちらにやってきました038.gif

7名の参加者のうち5名が九州からの参加であったことも大きいです。
が、こんな時にも諦めない前向き志向が感じられて嬉しかったです。

また、異国にありながら、祖国を憂慮する気持ちを共有する人々と
日本の復興を信じる気持ちを互いに確信し合えることができ、
今この時期に日本からの真摯なゲストと交流できたのは
幸せなことでした。

こちらは今週もう本当にお天気の日が続いています。

万障を繰り合わせてドイツにやってきた研修グループの方たちに
神様のご褒美なのかもしれません058.gif


追記:
下記ブログで参加者の方による研修レポートが見られます001.gif
http://ameblo.jp/ashi-nurse/
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亡くなった方たちにお悔やみを申し上げます。
また被災者の方たちにお見舞いを申し上げます。

実は私は2月末から日本に一時帰国しています。
一昨日の地震が起きた時、私は秋葉原のヨドバシカメラ8Fレストラン街にいました。

ビルの28Fに居た私の兄よりはマシだったようですが、
やはり階が上であるほど揺れが激しく、それがビルの
倒壊を防ぐ策であることは分かっていても、怖かったです。

関東・東北地方の方たちは皆さん同じような怖い思いをされたと思います。

ビルを出た後、私は秋葉原のJR改札口に2時間半立ちつくして、
どうやって家に帰ったらいいのかと途方に暮れていました。

メールが通じるようになって、兄が丸の内から自宅のある荻窪まで
歩き始めたことを知った段階で、私も秋葉原から荻窪に向けて
歩くことを決意しました。

もう本当にたくさんの人が歩いていて、道順も定かでなく、
連れもない私も思ったより心細くなく進んでいくことができました。

途中、店先でトイレの使用を提供しているところもありました。
私もあるホテルのトイレを利用させてもらいました。

そういった他の大勢の人との連帯感と一歩先に歩いていた
兄とのメール通信が私を励ましてくれました。

パニック状態になる人もなく、総じて人々が前向き志向であることに
私は感心しました。

これがヨーロッパだったらどうだろう?

・・・中野区、杉並区という看板が見えてきた時は、
あともう少しだと思って嬉しかったですね。

先に自宅に到達した兄が車で南阿佐ヶ谷の杉並区役所前まで
迎えにきてくれたので、私の行進はそこで終了。

ホッとしました。

約20kmの距離ですからね。
幸いMBTを履いていたので何とか歩けましたが、
最後の方はさすがに肩と腰と足に痛みを感じました。

疲れもあって左右にフラフラしながら歩いていたと思います。

あくる日の昨日は、消耗しきって一日中(病気でもないのに)
病気みたいな気分でした。

今、原発のことが本当に心配で、テレビのニュースを追っています。

チェルノブイリの原発事故が発生した時、
私は南ドイツのミュンヘン近くにいました。
風向きでその辺まで放射能が飛んできたのです。

小さい子供は砂場で遊んではいけない、
とか、レタスなどの外で栽培するものを食べてはいけない、
とか・・・大変な騒ぎだったことを覚えています。

放射能は目に見えないので余計に心配です。

大事に至らないことを心から祈るばかりです。

私が今日本に来ていることを知っているドイツの友人たちからも
お見舞いのメールが来ています。

中には、何かできないか、寄付をするとか・・・と言ってきている人もいます。
本当にすぐそうやって具体的に助ける手を差し伸べようとするのは、
ヨーロッパの人たちの素晴らしいところだと思います。
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(出典:www.spiegel.de)

現在グッテンベルク氏が国防相を辞したことより
ずっと大事なニュースがあるはずなのですが、
なぜか気になるこのニュース・・・

まず、
アンケートで過半数の市民がグッテンベルク氏が
国防相を辞める必要がないと思っているという結果が出ている
という話もあまり当てにならないらしい。

というか、どこの主催で行ったアンケートかによって
かなり結果に差があるのだそうです。

最も多くの国民が読んでいると言われるビルト紙の
アンケートでは「辞める必要なし」回答が多かったのですが、
Spiegel Onlineでは「辞めて当然」という意見が優勢。

ビルト紙のビルトとは写真という意味ということからも分かるように
この新聞はイメージで訴える傾向のある新聞なわけです。
その読者にグッテンベルク氏のファンが多いというのも
分かるような気がします。

フォトジェニックな方ですから。

方や、
オンラインニュースの読者はやはりテーマを掘り下げる人が
多いので、「辞めて当然」意見が多いのでしょう。

フェイスブックでグッテンベルクファンが多い、というのも
私がフェイスブックに持っている印象にマッチしています。

で、そういうファンが盛り上がって、この週末に「Come back」を訴える
デモが行われるということだったのですが・・・

実際は、昨日土曜日にベルリンで行われた主なデモグループの主旨は、
その逆、つまり、風刺的なものだったということです。

コピペ・スキャンダル、これはすっかり笑劇化しましたね。

なのに、
テレビでは(彼が)政治舞台にカムバックするのはいつか、
などと大臣経験者などが出演して真剣に討論を行うトークショー番組
があったりして、2重に笑ってしまう状況になっています。
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論文盗用スキャンダルに屈し、
とうとう国防相の地位を捨てる決断を下しました。

「自分の人生の中で最も辛いステップだった」
と語った普段クールな男爵、
きょうばかりは苦渋の表情に満ちていました。

辞表提出についての発表の中では、
もちろん間違いだらけの博士論文に関する反省の言葉もありました。

しかし、一人の政治家の個人的な事柄が、
例えばアフガニスタンで命を落としたり負傷したりした兵士たちについての
報道より大きく扱われることで、本来大事なことへの注意が散漫になって
しまった事態に責任を感じていることが国防大臣の地位を辞する決意に
つながったことを強調していました。

また、、そういったメディアの不均衡な姿勢に対する痛烈な批判
も忘れませんでした。

そして、

「政治家として常に闘う用意があったが、今、私の力は限界に達した」
という言葉で演説を締めくくりました。

2週間前、初めてこのニュースを聞いた時は、
まさかこのような大事に発展するとは想像しませんでした。

この事件が発生して以来のツー・グッテンベルク氏の対応にも
問題があったと思います。

最初は強気で疑惑を全面否定したにも関わらず、
「博士」を疑惑解明まで名乗らない、
と思ったら、やっぱり「博士号」を自ら返す。。。
と態度が段階的に変っていった。

これはまずかったですね。

しかし、このスキャンダルにもかかわらず、
70%以上の市民が彼に国防相を続けてほしいと思っている、
という調査結果にも驚かされます。

これってドイツ人のイタリア人化現象?
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